相転移する浮世絵春画 シリーズ
境界が揺らぐ、その瞬間。
浮世とは、この現実世界である。
私たちは、物質として存在する世界を現実と認識している。しかし私は、この物質世界は、より深い「情報世界」が一時的に形を得た姿なのではないかと考えている。
物質が情報へ、水が氷へと姿を変えるように、世界にも「相転移」が存在するのではないか。
現実世界が揺らぎ、その境界が曖昧になったとき、普段は見ることのできない情報世界の断片が、わずかに姿を現す。
私はその境界を「Limen(閾〈しきい〉)」と呼んでいる。
その境界は、顕在意識では認識できないほど微細でありながら、潜在意識には何らかの形で届いているかもしれない。
この「顕在意識では捉えられないが、潜在意識には働きかける可能性のある領域」は、サブリミナルという概念とも深く響き合う。
本シリーズでは、情報世界が現実世界へと滲み出す瞬間を、無数の色彩と線の重なりによって可視化している。
鑑賞者は、最初は混沌とした画面を見る。
しかし視線を留め続けることで、やがて北川歌麿の春画が浮かび上がってくる。
それは、情報が物質へと相転移する瞬間であり、逆に物質が情報へと還っていく瞬間でもある。
なぜ春画なのか
題材として春画を選んだ理由は、人間が持つ最も根源的な生命エネルギーの一つが「性」であると考えるからである。
食欲や睡眠欲と並び、性への欲求は生命の存続そのものに関わる本能であり、人類のDNAに深く刻まれた欲求である。
だからこそ、このモチーフは潜在意識との関係を探求する題材として極めて象徴的である。
私の関心は、性的表現そのものではない。
人間の最も深い欲求が、顕在意識ではなく潜在意識とどのように関わるのか。
情報世界は、その生命エネルギーにどのような影響を与え得るのか。
その可能性を、美術という方法で探究することにある。
相転移する浮世絵春画
このシリーズは、北川歌麿をはじめとする古典浮世絵を出発点としながら、
現実世界と情報世界、顕在意識と潜在意識、可視と不可視、その境界(Limen)を探究する試みである。
作品は答えを示すものではない。
鑑賞者一人ひとりが、その境界を体験し、自らの内側で何が起こるのかを問いかけるための装置なのである。