702講義室
2026-07-09 11:50:00
脳は予測によって世界を理解している(後編)
第2部 脳科学・認知科学から考える現実とは何か
第1章 脳は世界をそのまま見ているわけではない
第4回 脳は予測によって世界を理解している(後編)
前回は、近年の認知科学では、脳は感覚情報を受け取ってから世界を理解するのではなく、「こうなるだろう」という予測を立てながら世界を見ているという考え方が注目されていることを紹介しました。
では、その考え方を裏付けるものはあるのでしょうか。
そのヒントになるのが、私たちが日常的に経験している「見間違い」や「聞き間違い」、そして「錯覚」です。
例えば、遠くに知り合いが歩いていると思って手を振ったところ、近づいてみると全く別の人だったという経験はないでしょうか。
私たちは「見間違えた」と言います。
しかし、この出来事を別の見方で考えることもできます。
脳は遠くに見える姿や歩き方、服装などの限られた情報から、「あの人だろう」と予測しました。
その後、距離が近づき、より多くの情報が得られると、その予測を修正したのです。
つまり、「見間違い」とは、脳が予測した結果だったと考えることもできます。
聞き間違いも同じです。
騒がしい場所では、相手の言葉がはっきり聞こえないことがあります。
それでも私たちは、会話の流れや状況から「きっとこう言ったのだろう」と自然に補いながら会話を続けています。
そして後から、
「えっ、そう言ったのではなかったの?」
と驚くことがあります。
これも脳が文脈をもとに予測し、その予測を採用した結果と考えられます。
錯覚や錯視も興味深い例です。
長さが違って見える線や、止まっている絵が動いて見える画像を見たことがある人も多いでしょう。
目は正しく光を受け取っています。
それにもかかわらず、私たちの認識は現実とは異なってしまいます。
これは、脳がこれまでの経験をもとに、「このように見えるはずだ」と予測しながら情報を解釈しているためだと考えられています。
つまり、錯覚は脳の失敗ではなく、普段は非常によく働いている予測の仕組みが、特殊な条件で表面に現れた現象とも言えるのです。
このように考えると、私たちは世界をそのまま受け取っているのではありません。
脳はまず予測を立て、その予測と感覚情報を照らし合わせながら、少しずつ「今、目の前で何が起きているのか」を理解しています。
普段は予測がうまく当たるため、私たちはその働きを意識することはありません。
しかし、予測が外れたとき、見間違いや聞き間違い、錯覚として、その仕組みが見えてくるのです。
ここまで見てくると、私たちが「見ている世界」は、感覚情報だけで作られているわけではないことが分かります。
そこには、過去の経験や記憶、学習した知識なども大きく関わっています。
脳は、そうした経験をもとに未来を予測し、その予測を感覚情報によって絶えず修正しながら、私たちが経験する世界を組み立てているのです。
では、その「予測」は、いったい何をもとに作られているのでしょうか。
脳の中には、世界についての何らかの「設計図」のようなものがあるのでしょうか。
次回は、その問いを手がかりに、「脳の中の世界」という視点から考えてみたいと思います。

