702講義室
2026-07-15 20:45:00
前回、私たちは「名前」を覚えているのではなく、その背後にある「概念」を獲得していることを見てきました。
しかし、その概念は一度覚えたら終わりではありません。
人は一生を通して、概念そのものを育て続けています。
例えば、小さな子どもは四本足の動物を見ると、犬も猫もキツネも、みんな「ワンワン」と呼ぶことがあります。
子どもにとっては、「四本足で歩く動物」という一つの大きな概念しか、まだできていないからです。
ところが、何度も犬や猫と触れ合い、大人から名前を教えられ、自分でも違いを経験することで、
「犬」
「猫」
「キツネ」
という、それぞれ別の概念が少しずつ育っていきます。
概念とは、経験を重ねることで、より細かく、より豊かになっていくものなのです。
これは子どもだけの話ではありません。
私たち大人も、新しいことを学ぶたびに、概念を育てています。
例えば、絵を描かない人には、同じような緑色に見えていた木々も、画家には光の当たり方や季節、空気の湿度による微妙な違いまで感じられることがあります。
植物に詳しい人は、私たちには同じ草花に見えるものでも、一目で種類を見分けます。
野鳥が好きな人は、遠くで鳴く鳥の声だけで種類が分かります。
つまり、経験が増えることで、世界が変わるのではなく、自分の概念が豊かになり、見える世界がより細やかになっていくのです。
反対に、経験の少ない分野では、多くのものが同じように見えます。
囲碁を知らない人には、盤面の違いはほとんど分かりません。
しかし、熟練した棋士は、一目見ただけで局面の特徴や危険な場所を理解します。
これは記憶力が特別優れているからではありません。
長年の経験によって、多くの概念が形成され、それらを瞬時に使えるようになっているからです。
このように考えると、学ぶということは、単に知識を増やすことではありません。
自分の中にある概念を少しずつ育て、世界をより深く理解できるようになることなのです。
そして、その概念は固定されたものではなく、新しい経験や新しい知識によって、一生を通して成長し続けます。
私たちは毎日、同じ世界を見ているようでいて、昨日とまったく同じ世界を見ているわけではありません。
新しい経験をするたびに、概念は少しずつ育ちます。
概念が育てば、昨日までは見えなかった違いや意味が見えるようになります。
学ぶとは、世界そのものが変わることではありません。
自分自身の内部表現が豊かになり、その結果として、世界がより豊かに見えるようになることなのです。
では、このように育った概念は、私たちの判断や価値観にまで影響を与えるのでしょうか。
次回は、「概念は私たちのものの見方にどのような影響を与えるのか」という視点から、内部表現と認識の関係について考えてみたいと思います。
