702講義室
2026-06-30 23:37:00
大川ひろしの芸術宣言
相転移する浮世絵とは何か
― サブリミナルとスプラリミナルの境界で現実を書き換える芸術 ―
「相転移する浮世絵」とは、私が長年考え続けてきた「現実とは何か」という問いから生まれた芸術シリーズです。
私たちは普段、「見えているもの」が現実だと考えています。
しかし、本当にそうでしょうか。
人間の脳は、目から入るすべての情報を意識しているわけではありません。
意識できる情報もあれば、意識には上らないまま潜在意識で処理される情報もあります。
私は、この境界に芸術の新しい可能性があると考えています。
浮世絵は、江戸時代の「現実」そのものだった
浮世絵は、江戸時代の風景や人々の暮らし、美人画、役者絵、春画などを描いた絵画です。
しかし、それは単なる記録ではありません。
当時の人々は、浮世絵を通して流行を知り、美しさを知り、憧れを抱き、価値観を共有していました。
つまり浮世絵は、「現実を映す鏡」であると同時に、人々が認識する現実そのものを形づくるメディアでもあったのです。
私は、芸術には現実を映すだけではなく、人々の認識を変えることで、新しい現実を創造する力があると考えています。
だからこそ、
「芸術とは、現実の創造である。」
という言葉を、私の芸術論の根本に置いています。
サブリミナルとスプラリミナルの境界
一般に、人がはっきり認識できる情報は「スプラリミナル(意識できる刺激)」、意識できないほど弱い刺激は「サブリミナル(意識しにくい刺激)」と呼ばれます。
私は、この二つを完全に分けて考えるのではなく、その「あいだ」に豊かな表現領域があるのではないかと考えています。
一見すると誰もが知っている浮世絵。
しかし、その内部には別の像や意味が静かに重なっている。
鑑賞者は最初は気づかなくても、見続けるうちに新たな形や意味を発見することがあります。
あるいは、はっきりとは認識できなくても、「何か気になる」「どこか引っ掛かる」という感覚を覚えることがあります。
この「見えているのに見えていない」「認識しているのに言葉にできない」という状態こそ、私が探究している表現領域です。
「相転移」とは何か
物質は、温度や圧力の変化によって、水が氷になったり、水蒸気になったりするように、その性質を大きく変えることがあります。
これを「相転移」と呼びます。
私はこの言葉を、人間の認識にも当てはめています。
一枚の絵は変わっていないのに、見る人の認識がある瞬間に切り替わる。
何も見えていなかったものが突然見え始める。
一つの意味しかなかった作品が、まったく別の意味を持ち始める。
作品そのものではなく、鑑賞者の認識が転換する瞬間。
私は、この劇的な変化を「認識の相転移」と呼んでいます。
現実を書き換えるとは
私が「現実を書き換える」というとき、それは物理的な世界を変えるという意味ではありません。
私たちが「現実」として受け止めている世界は、脳が知覚し、意味づけた結果として成立しています。
同じ景色を見ても、人によって受け取り方が異なるように、現実とは外界そのものではなく、認識によって形づくられる側面を持っています。
芸術が人の見方や感じ方を変えるならば、その人にとっての現実もまた変化します。
私は、この「認識される現実」の変化こそが、芸術の本質であると考えています。
相転移する浮世絵が目指すもの
「相転移する浮世絵」は、既存の浮世絵を素材として用いながら、サブリミナルとスプラリミナルの境界に新たな視覚情報を重ねる試みです。
それは単なる視覚トリックでも、隠し絵でもありません。
鑑賞者の認識が変化する瞬間を作品そのものに組み込み、「現実とは何か」という問いを体験として提示する芸術です。
私は、この作品を通して、鑑賞者に一つの答えを与えたいのではありません。
むしろ、「自分が見ている現実とは、本当に唯一の現実なのだろうか」という問いを、それぞれの心の中に生み出したいのです。
もし一枚の絵が、人の認識を変え、その人が見ている現実を変えることができるならば、その瞬間、芸術は単なる表現ではなく、新しい現実を創造する行為となります。
それこそが、私の考える「相転移する浮世絵」の本質なのです。

