2026-07-05 22:38:00
私の作品「相転移する美術」は、サブリミナル効果を重要なテーマの一つとしています。
しかし、そこで一つの問いが生まれます。
サブリミナル効果という観点だけで考えれば、絵画や版画よりも、写真の方が視覚的な刺激は強いのではないか。
たしかに、写真は現実に近く、直接的な印象を与える力を持っています。単純に視覚刺激の強さだけを求めるなら、写真を使うという選択もあったかもしれません。
それでも私は、浮世絵春画を選びました。
その理由は、私が目指しているものが、単なる視覚刺激ではないからです。
浮世絵は、江戸時代の日本の現実を映し出した芸術です。そこには、当時の人々の暮らし、美意識、風俗、価値観が刻み込まれています。
そして浮世絵春画もまた、単なる性的な絵ではありません。人間の本能、生命、欲望、ユーモア、文化を含んだ、日本美術の重要な表現の一つです。現在では、世界の名だたる美術館にも数多く収蔵され、歴史的・芸術的価値を持つ作品として評価されています。
つまり浮世絵春画には、長い時間をかけて積み重ねられた歴史、文化、芸術としての深みがあります。
もし題材が単なるセクシーな写真であったなら、作品は視覚刺激としては成立したかもしれません。しかし、そこに江戸から現代へと続く日本の現実、文化、芸術との対話は生まれにくかったと思います。
私が浮世絵春画を用いたのは、サブリミナル効果を最大化するためではありません。
浮世絵春画という、歴史と文化を背負った芸術の上に、現代の視覚表現や認知の問題を重ねることで、「私たちは何を現実として見ているのか」という問いを立ち上げたかったのです。
「相転移する浮世絵春画」は、単なるサブリミナル効果の作品ではありません。
それは、過去と現在、芸術と科学、顕在意識と潜在意識が交差する場所に生まれる作品です。
浮世絵春画という歴史的なイメージに、新たな視覚情報を重ねることで、見る者の認識の中に別の現実が立ち上がる。
そこにこそ、私が考える「相転移する美術」の意味があります。