702講義室
2026-07-21 19:56:00
前回は、
「事実は変わらない。しかし、内部表現が変わることによって、現実は変わる。」
ということを見てきました。
今回は、少し視点を変えて考えてみましょう。
同じ出来事を経験しているにもかかわらず、人によって受け取り方がまったく違うことがあります。
なぜ、そのようなことが起こるのでしょうか。
例えば、雨が降ったとします。
ある人は、
「せっかくの休みなのに雨か。」
とがっかりします。
一方、雨を待ち望んでいた農家の人は、
「恵みの雨だ。」
と喜びます。
降っている雨は同じです。
変わっているのは雨ではありません。
雨をどう受け止めるかという内部表現です。
次に、子どもが家の壁に落書きをしたとします。
その場では、
「何をしているの!」
と親は怒るでしょう。
ところが何十年も経ち、その家を建て替えることになりました。
古い壁に残った落書きを見ながら、
「あの頃は小さかったな。」
と懐かしく笑い、写真に残す親もいます。
壁の落書きという事実は変わっていません。
変わったのは、その出来事に対する意味です。
もう一つ例を見てみましょう。
会社から突然、リストラを告げられました。
ある人は、
「人生が終わった。」
と思います。
しかし別の人は、
「新しい人生を始めるチャンスかもしれない。」
と考えます。
そして数年後、
「あのリストラがあったからこそ、今の自分がある。」
と振り返る人もいます。
リストラという出来事は変わっていません。
変わったのは、その出来事をどう理解するかという内部表現です。
この三つの例に共通していることがあります。
雨は雨のままです。
子どもの落書きも、そのままです。
リストラという出来事も変わりません。
変わったのは、それらを理解する内部表現です。
つまり、人は現実をそのまま見ているのではありません。
内部表現を通して現実を見ているのです。
だからこそ、同じ出来事であっても、人によってまったく違う現実が生まれるのです。
では、このような違いは、なぜ生まれるのでしょうか。
内部表現は、生まれたときから完成しているわけではありません。
私たちは経験を重ね、新しい情報を受け取りながら、少しずつ内部表現を更新しています。
次回は、「内部表現はどのような仕組みで更新されるのか」という視点から、認知科学の考え方をもとに、その仕組みを探っていきたいと思います。
