702講義室
2026-07-23 07:57:00
内部表現はどのように更新されるのか
第2部 脳科学・認知科学から考える現実とは何か
第3章 内部表現はどのように変化するのか
第5回 内部表現はどのように更新されるのか
私たちは、新しい経験をすれば考え方も変わると思いがちです。
しかし実際には、その逆です。
人は、新しい経験を取り入れながらも、できるだけ今までの内部表現との整合性を保とうとします。
それでは、内部表現は本当に更新されているのでしょうか。
今回は、その不思議な仕組みについて考えてみたいと思います。
前回、私たちは内部表現が経験を積み重ねながら少しずつ作られていくことを見てきました。
では、一度作られた内部表現は、その後どのように変化していくのでしょうか。
新しい経験をすれば、人はすぐに考え方を変えるのでしょうか。
実は、そう簡単ではありません。
私たちは毎日、新しい経験をしています。
新しい道を歩く。
新しい料理を食べる。
新しい人と出会う。
新しい知識を学ぶ。
このような経験によって、内部表現は少しずつ更新されています。
しかし、それは細かな知識や経験についての話です。
人生観や価値観、世界の見方のような大きな内部表現は、そう簡単には変わりません。
なぜでしょうか。
その理由は、生物には「安定した状態を保とうとする性質」があるからです。
私たちの体は、体温や血糖値などを一定に保ちながら生命を維持しています。
このような働きを「恒常性(ホメオスタシス)」といいます。
心や考え方にも、これとよく似た性質があります。
人は、新しい経験に出会っても、それまで積み重ねてきた内部表現との整合性を保とうとします。
その方が、世界を安定して理解できるからです。
未知の世界は、いつの時代も危険を伴いました。
昨日まで安全だった考え方を維持することは、生き延びるための合理的な戦略だったのです。
例えば、「あの先生は怖い」という印象を持ったとします。
ところが、ある日、その先生がとても優しく接してくれました。
それだけで、
「今まで思っていたことは間違っていた。」
と考え方を変えるでしょうか。
多くの場合、人はそうは考えません。
「今日はたまたま機嫌が良かったのだろう。」
「特別な事情があったのだろう。」
そんなふうに考え、今までの内部表現と矛盾しないように出来事を解釈します。
つまり、新しい出来事が起きても、それを既に持っている内部表現の中で理解しようとするのです。
これは決して悪いことではありません。
もし人が、出会うたびに他人への印象を大きく変え、毎日のように価値観を変えていたら、世界を安定して理解することはできません。
私たちが安心して生活できるのは、内部表現がある程度安定しているからでもあります。
内部表現は、世界を理解するための土台なのです。
ここで大切なのは、「更新」という言葉の意味です。
更新とは、今までの内部表現を壊すことではありません。
今までの内部表現をできるだけ維持しながら、新しい経験を少しずつ取り込んでいくことです。
だからこそ、内部表現は簡単には変わりません。
一度や二度の経験では変わらないことも少なくありません。
同じような経験を何度も積み重ねたり、今までの考え方では説明できない出来事に繰り返し出会ったりすることで、少しずつ修正されていきます。
ここまで見てきたように、私たちは思っている以上に、自分の内部表現を守り続けています。
それは、新しいことを拒絶しているからではありません。
世界を安定して理解し、生きていくためです。
しかし、ここで一つの疑問が生まれます。
これほど強固な内部表現が、本当に大きく変わることはあるのでしょうか。
もしあるとすれば、それは単なる「更新」と呼べるような変化ではありません。
私は、その変化は「更新」という言葉だけでは表現できないと考えています。
次回は、内部表現はなぜ簡単には変わらないのか、そして、内部表現そのものが変わる瞬間について考えていきたいと思います。
