芸術論講義室
2026-07-30 11:13:00
私たちは何を覚えているのか
第2部 脳科学・認知科学から考える現実とは何か
第3章 内部表現はどのように変化するのか
第11回 私たちは何を覚えているのか
はじめに
前回、私たちは同じ世界を見ていても、人によって経験する現実が異なることを見てきました。
犬を見て「かわいい」と感じる人もいれば、「怖い」と感じる人もいます。
見ている犬は同じです。
脳が再構成した世界も、大きくは同じでしょう。
それでも、経験する現実は違います。
その違いは、どこから生まれるのでしょうか。
今回は、その答えにつながる「内部表現」という考え方について考えてみます。
私たちは名前を覚えているのだろうか
私たちは普段、
「犬」という言葉を覚えている。
そう考えています。
しかし、本当にそうなのでしょうか。
例えば、一度も「犬」という言葉を知らない子どもでも、犬を見ると昨日見た動物と同じだと気付くことがあります。
逆に、「犬」という文字だけを見ても、本物の犬がどのような姿なのか分からなければ、その言葉だけでは犬を認識することはできません。
つまり、「犬」という名前だけが記憶されているわけではないのです。
脳が覚えているもの
では、脳は何を覚えているのでしょうか。
四本の足。
毛並み。
耳の形。
しっぽ。
鳴き声。
歩き方。
大きさ。
これらは、それぞれ別々の特徴です。
しかし、私たちはそれらを一つひとつ独立した情報として世界を理解しているわけではありません。
脳は、それぞれの特徴を結び付け、一つのまとまりとして認識します。
そのまとまりを見たとき、
私たちは「犬」だと認識するのです。
つまり、私たちが覚えているのは名前ではありません。
特徴同士の結び付きなのです。
内部表現とは何か
私は、この特徴同士の結び付きによって形成される情報のまとまりを、「内部表現」と呼んでいます。
内部表現とは、脳の中に存在する「世界の設計図」のようなものです。
そこには、形や色だけではありません。
音や匂い、手触り、過去の経験、感情、言葉など、さまざまな情報が結び付けられています。
私たちは、新しいものを見るたびに、その設計図と照らし合わせながら世界を理解しています。
つまり、世界を理解しているのではありません。
脳の中にある内部表現を通して、世界を理解しているのです。
世界は内部表現を通して理解される
ここで、前回の問いに戻ってみましょう。
なぜ同じ犬を見ても、人によって現実が違うのでしょうか。
それは、人それぞれが持っている内部表現が異なるからです。
子どものころから犬と遊んできた人。
犬に噛まれた経験がある人。
盲導犬と暮らした人。
犬を一度も見たことがない人。
それぞれの内部表現は異なります。
だから、同じ犬を見ても、経験する現実は変わるのです。
おわりに
私たちは、外界をそのまま理解しているのではありません。
脳が再構成した世界を、さらに内部表現を通して理解しています。
つまり、私たちが経験している現実は、
脳が再構成した世界を、内部表現を通して理解した結果なのです。
では、この内部表現は、どのように作られ、どのように変化していくのでしょうか。
次回は、その仕組みについて考えていきます。
