芸術論講義室
2026-08-06 13:29:00
広告やポスターでは、人物の視線や構図を利用し、鑑賞者の視線を意図した場所へ導く技法が広く利用されています。
例えば、赤ちゃんが商品を見つめる広告では、多くの人は赤ちゃんの視線を追い、その先にある商品やキャッチコピーへ自然と目を向けます。
このような視線誘導は、広告業界だけの技術ではありません。
古典芸術においても、同じような技法は古くから用いられてきました。
例えば、レオナルド・ダ・ヴィンチの《最後の晩餐》では、人物の配置、弟子たちの視線、建築の遠近法など、画面全体の構図が、鑑賞者の視線を自然にキリストへ導くよう設計されています。
つまり、視線をコントロールするという表現技法は、芸術の世界で何百年も前から研究され、磨き上げられてきた技術なのです。
ここまでは、美術の世界ではよく知られた話です。
しかし、本書が着目するのは、この技法の別の使い方です。
視線誘導というと、多くの人は「見せたいものへ視線を導く技法」と考えます。
しかし、視点を変えると、まったく違う使い方も考えられます。
もし、鑑賞者の視線や意識を、何の意味もない対象へ意図的に誘導しておいて、意図した情報を、その視線の導線上へ配置することもできます。
鑑賞者は、その情報を確かに見ています。
しかし、意識は誘導された対象へ向いているため、その導線上に存在する情報は顕在意識には上りません。
第1部、第2部で考察した内容を前提とするならば、このような表現は、顕在意識ではなく潜在意識へ働きかける表現技法として利用することができます。
