芸術論講義室
2016-12-07 08:08:00
認識するのは、常に今の自我である
現実の世界はモニタに映る小さなフレームの世界である
フォーカスのあったものしか見えず、何をフォーカスするかは
その時、何を重要だと思うかで決まる
さらに
見ているものに対する知識がないと認識できない
ボケているものは、見えている気になっているだけで
存在は認識されず、背景の一部でしかない
しかし
目はキョロキョロといろんなところをみている
結果、記憶には多くの情報が残ることになる
記憶の世界でフォーカスを決めるのは
過去ではなく今の自我である
すべての記憶は、今の自我によって解釈が変わる
つまり
同じ出来事が思い出した時の自我によって変わることになる
認識する自我は、常にリアルタイムの今の自我である
記憶の世界も現実の世界も全く同じである
遅延時間の長短の差でしかない
2016-12-06 08:11:00
「現実」と「記憶」は時間差に過ぎない
現実と記憶は時間差に過ぎない
記憶は時間を遅延させた認識である
現実の世界
体の神経(眼球から視神経を通って視覚野)を通じて認識
記憶の世界
脳にある記憶を呼び出して認識
現実の世界
ビデオカメラのレンズから回路を通ってモニタに映し出されたもの
記憶の世界
ビデオディスクからデータがモニタに映し出されたもの
現実も記憶も再生されたとき、今の自我に「見られ」る
自我がレンズの性能や方向・画角を決め、認識する
脳神経の働きは遅く、認識はリアルタイムではない
ものを見てから認識するまでに
200~300ミリセカンド(1/1000秒)ほど遅れる
遅延という意味では現実も記憶も同じ
現実の世界と記憶の世界は同じものである
2016-12-05 09:22:00
究極の芸術
芸術とは「現実の創造」である
その目的は「世界観の構築」と「救済」にある
この世で究極の芸術作品は何か?
と聞かれたら
迷わず 私は
ゴータマ・シッダールタ作『仏教』と答えるでしょう
2016-12-04 08:19:00
現実は、創れる!
現実は記憶からできています
では、記憶はどのように保存されているのでしょう?
脳は「色」「形」「明るさ」「動き」など別々(バラバラ)に
記録していて、それらを統合して一連の記憶として認識する
記憶は合成である
つまり
目の前の現実は、記憶の合成である
ならば
本物の記憶自体、合成なのだから
合成された偽物の記憶もまた、当然リアルである
すると
過去の記憶を再合成し、創作された偽物の記憶は
本物の記憶と変わらない新しい現実となる
つまり
現実は、創れる!
2016-12-03 08:13:00
自我が認識する現実
自我とは過去の記憶からなる
重要性の高低を決める関数である
自分にとって重要なものが、自我という評価関数を決める
現実とは評価関数によって見えるもののことである
評価関数はすべて過去の記憶からなる
目の前の現実は
自分にとって重要な記憶で成り立っている
その他の記憶はあると思っているだけ
重要でないものは存在しないのと同じ
