2017-02-10 08:53:00
人生に意味などあるはずがない
だから
失敗も苦悩も無意味ならば
成功も喜びも無意味である
意味が無いものに意味を付けても意味はない
むしろ
今、この社会につけられた意味に苦しんでいるのだ
既存仏教思想もまたしかり
法然の専修念仏の言わんとするところは
往生極楽、極楽往生
ただそれだけです
法然は、この世の価値観を全否定した
そして、仏教そのものをも全否定した
2017-02-09 16:06:00
この世とは常識そのものである
常識は移り変わり行くものであり
常識は今も作り続けられていて
共有されて初めて常識となりうる
今、ここにある常識がそのままこの世である
仏教という常識を逆手にとって
小さな常識で
新しいこの世を作ろうとした
それが 法然坊源空
それが 専修念仏
それが 浄土宗
2017-02-08 08:45:00
法然は、25年にも及ぶの黒谷での籠山隠遁で
世間とも、山の名利栄達からも隔絶し
どっぷりと仏教が織りなす宇宙空間に浸ります
そこでは
地獄も浄土も仏もすべてが現実であった
経典の一字一句が仏の真理であり現実であった
法然がそこで見たものは
脳の中の宇宙
仏教という色物の世界
大乗仏教という仏物語を透過して
ものごとをありのままに見ることなど
不可能
絶対的前提たる経典への懐疑
法然の見た世界とは
仏教による五感の解釈でしかなかった
2017-02-07 07:57:00
聖徳太子(一七条憲法)あたりまでの仏教は
外来宗教の一つでしかありませんでした
その後、鎮護国家思想のもと東大寺や国分寺が建立され
社会思想として仏教が国全体に認知されることとなります
法然の生きた平安末期から鎌倉初期という時代は
律令制の崩壊、武家政治の台頭という乱世の時代です
殺人、餓死、病死、放置された死体が都にあふれ返る
この荒廃した時代を仏教が意味づけします
末法の時代
末法の世とは仏教が脚色した時代にほかなりません
末法思想がなければ末法の時代などありえません
2017-02-06 12:44:00
法然は、43歳で比叡山を下りるまでの25年間において
すべての経典を徹底的に研究し尽くしたのだと思います
そして、たどり着いた結論が
現実の否定
であったのだと仮説します
平安末期の前提的社会思想である仏教
その絶対的根拠である経典を逆手に取った
宗教革命
社会革命
が、法然の称名念仏であると仮説します
