2017-02-20 00:24:00
仏陀の教えは、ひとえに縁起へと集約される
この世は相対的関係性にある
そこに苦の根源的要因があり
世間との関係を断つことにより
救済、解脱の道が開かれると・・・・・
だがそれは、縁起という構造原理の否定に他ならない
仏陀は、人間存在のあり様を否定した
ならばなぜ、出家してまで生きるのか?
結局、出家もまた苦ではないか?
2017-02-19 10:00:00
人間には、決定的欠陥機能が2つある
それは
真実を知りえないこと
未来がわからないこと
現実とは、脳機能における処理結果の範疇
から出ることのできない自己完結世界である
故に、自己の存在と物理空間における
時空間座標は、同一にしかなりえない
人間は、地球の自転と公転から、時間の断片化である暦を作り出した
それにより、今この時と対比する明日という概念が生まれることになる
この知りようのない明日という概念が苦悩を生み出す基となり
そこに神の存在する余地が生まれ、祈りが生まれることとなる
人は今、明日を生きている
2017-02-18 09:53:00
人間は、記憶との照合により物事を認識する
目の前に広がる現実は、記憶により成り立つ
宗教とは
人間の潜在記憶・意識の統一を目的とした
人工の社会制御システムではないのか?
2017-02-16 09:40:00
源平争乱や飢餓に翻弄され、死を目の当たりにする民衆にとって
もはや、律令も王法も仏法もへったくれもない危機的状況において
法然の一心は、民衆の救済に集約します
自力行による悟りの難しい凡夫には
ひたすら念仏を称へ
阿弥陀仏に救ってもらう浄土門しかない
法然は、その論理を『無量寿経』に求めます
法蔵菩薩が悟りを開くに、四十八願の誓願をたてた
その第十八願に、専修念仏の根拠を見出します
「阿弥陀仏は、我が名を称える者なら
どんな者でも浄土に迎えて必ず仏とする」
弥陀の本願により、どんな凡夫でも他力により浄土門に入れる
これは、仏教史においてかつてあり得ない大胆な発想であった
